理由 1 過去、公園の縁にある交差点。    歩道に植えられた木々は青く生い茂っている。    通行止めとなった道路の脇に、パトカーや救急車等の緊急車両が止まっている。    周囲には何事かと多くの人達が集まっている。    そこに、幼い少年がに入り込む。    少年は服の所々が汚れていて、袖の所には擦り剥けた様な跡がある。    少年は人々の間をくぐって最前線に出る。    先には立入り禁止の黄色いテープが貼られていて、先にはバンパーが歪んだ乗用車が見える。    その周辺で慌しく警察や救急隊員が動いている。    救急隊員が担架で、轢かれたと思われる人を運んでいく。    少年がその光景を見た時、運ばれていく人が少年の方を向く。    偶然なのか、少年と運ばれていく人との目が合う。    少年ははっとなり、 少年(僕があんな事したから……僕が……)    と、体が震わせながら思う。    丁度その時、パトカーのサイレンが鳴り響き、並木に止まっていた鳥達が、サイレンの音に驚いて一斉に飛び立っていく。 2 現在。夕方、公園の周辺。    かつての事故現場はなりを潜め、交差点の信号に従って様々な車が行き交っている。    通りの先には針葉樹の緑あふれる、大きな公園がある。    道路の縁には広い歩道があり、家族連れをはじめ、様々な人々が行き来している。    人々の中を、青年が周りの景色を見たくないのか、足元だけを見てとぼとぼと歩いている。    青年は公園の入り口に来ると、顔を上げて先を見る。    出入りする人々で賑わっている。    と、青年とジョギングをしている人との肩が触れ合う。    ジョギングをしている人は青年をちらりと見て、歩道へと進んでいく。    青年は特に何も感じず、俯いたまま公園に入る。 3 公園内広場周辺。    マラソンコース等の道があり、脇には並木が枯れかけた葉を纏っている。    道から外れた所には遊具があり、子供や親が遊んでいる。    青年は回りに目をくれずにジョギングコースを歩いて奥へと向かっていく。 4 公園の奥。    日が暮れだし、徐々に暗くなってきている。    林の密度は濃くなっていき、所々にある照明に照らされた道を外れると、黒く染まった木々の輪郭しか分からない。    人気が全くなく、風がせせらぐ音だけが聞こえている。    青年はとぼとぼと、感情一つ変える事無く歩いている。    そこに風が強く吹き、木々についていた葉が飛んでいく。    青年は寒さで少し凍えるが、それだけで特に何も表情を変えない。    風が止んだ時、無数の鴉の鳴き声が聞こえる。    青年は泣き声がした方向を見る。    無数の鴉が、道から外れた雑木林から、こちらに向かって飛んでいく。    青年は飛んでいく鴉の群れをじっと見るも、表情に変化はない。    一瞬、鴉の1匹と青年との目が合う。    鴉は嘴に肉片の様な物を咥えている。    青年は鴉の目つきに一瞬、はっとなるも直ぐ元の表情に戻る。    青年は鴉が飛んで来た所を見る。    黒い輪郭の、退廃的に見える雑木林がある。    青年は踵を返して去ろうとするが、雑木林が気になって振り返る。    風が吹く音だけが響く。    その時、鳥の泣き声に似た高い音が響き、同時に頭の中から何かが飛び出す感覚を覚える。    青年は驚き、周囲を見回すが、今さっき見ていた光景があるだけで、何も変化はない。    青年は片手で頭を抑え、じっと雑木林を見つめる。    青年は気になったのか、雑木林へと一直線に走っていく。 5 雑木林の前。    街灯の明かりが届いておらず、足元が良く見えない程暗い。    所々に家電製品らしきものが捨てられていて、濡れた木の葉や枝が被さっている。    鳥の声等の騒がしさはなく、静かである。    青年は息を上げた状態で雑木林の前に来る。    そして、雑木林に入る直前で足元に何かを見つけて立ち止まる。    足元に小鳥が痙攣して倒れている。    暗さゆえに小鳥の輪郭しか見えず、小鳥の状態等の詳細が分からない。    青年は小鳥を見つめる。    小鳥の瞳に青年が映りこむ。    青年は一瞬、鼓動が全身を駆け巡った感覚に襲われる。    青年は自分の感覚に戸惑い、 青年(何だ……?)    と思いぼおっとする。    しかし、先程襲った感覚は全くない。    青年は大きく息を吸い、ゆっくりと吐くと小鳥を見つめる。    小鳥は震えている。    青年は小鳥に何かを感じ、しゃがみ込むと小鳥をそっと掬う。    そして立ち上がり、周辺を見回す。    特に何も変わった所はない。    青年は何も迷うことなく、踵を返して早足で雑木林から去って行く。 6 動物病院、診察室内。    清潔感のある部屋に、様々な計器や薬品などを入れておく棚が計画的に配置されている。    中央には診察台があり、白衣を着た獣医が小鳥を診ている。    小鳥は灰色がかった茶色で頬の部分が赤く、麻酔されていて殆ど動かない。    獣医は手袋をした手で羽の部分を診る。    羽の部分は所々乱れていて、出血の形跡がある。    獣医は診察台を通して対面にいる青年を見て、 獣医「本来なら獣医ではなく、専門の保護医がするものですが……」    と、愚痴を言った上で、 獣医「しかしながら一刻を争いますので、私の所で預かりましょう」    と、冷静に言う。    青年は特に返さず、じっと小鳥を見る。    獣医は青年の目線が小鳥にあるのに気づく。    そして、小鳥を見たうえで、 獣医「鴉にやられたようですね、所々に引っかかれた傷が見えます」    と、冷静に言う。    青年は小鳥を見て、 青年「助かりますか?」    と、棒読み気味に尋ねる。    獣医は唸り、 獣医「殺すと言うよりより弄んだらしく、怪我自体は酷くありません。しかし……」    と話をしている最中、言葉を曇らせる。    青年は獣医の言葉に違和感を覚え、 青年「しかし、何です?」    と、抑揚のない口調で尋ねる。    獣医は気難しい表情で、 獣医「羽とつなぎの骨が酷い物で……繊細なだけにここの回復は難しいですね」    と言い、青年に分かる様に小鳥の羽の部分を指差す。    青年は獣医が指差した部分を見る。    素人が見て分かる程に、羽根の流れが不自然になっている。    青年は、 青年「つまり、もう飛べないと?」    と、獣医に尋ねる。    獣医は気難しい表情で、 獣医「可能な限り善処しますが……」    と、淡々と言う。    青年は小鳥を見て、 青年「そうですか」    と、他人事の様に言う。    獣医は青年に目をやり、 獣医「その場合、治療した後君が保護する事になりますが……?」    と、やや曖昧に尋ねる。    青年は即座に、 青年「お断りします」    と、返事をする。    獣医は青年の返事に意外を感じ、 獣医「君が保護してきたのに、引き取らないのですか?」    と、繰り返し尋ねる。    青年は小鳥を見て、 青年「ええ」    と、あっさり返す。    獣医は呆れ、 獣医「……回復するまで時間は掛かります。それまで考えて下さい」    と言う。    青年は小鳥に目をやったまま、 青年「分かりました」    と、抑揚のない声で言う。    小鳥は麻酔を受けていて、僅かに呼吸で腹を動かしている以外に動かない。    獣医は青年に、 獣医「治療費と診察券の記入で呼び出しますから、待合室で待っていて下さい」    と、半ば事務的に言う。    青年は頷く以外に返事をせず、診察室のドアに向かい、ドアを開けて出て行く。    青年が出て行くと、ドアは自動で閉まる。 6 日の入り、郊外の交差点。    すっかり日が暮れ、夜の闇が空を覆っている。    車が行き交っているものの、ぼんやりとした雰囲気重視の外灯だけが照らしている。    本来の明かりを信号機が代わりをしている程である。    そんな状況故、人気もない。    青年はコートをしっかりと着ていて、広い歩道を歩いている。    青年はため息をつき、脳裏に診察台に乗った小鳥を浮かべる。    そして、財布を真上に投げる。    青年は落ちてきた財布を無意識にキャッチし、 青年(アホみたいな治療費取られて、財布が軽くなったか……最悪な日だ)    と思って交差点を渡ろうとする。    と、そこに車がブザーを鳴らしながら突っ込んで来る。    青年は思わず引き下がる。    車は何事もなく通り過ぎていく。    青年は信号機に目をやる。    歩行者信号が赤になっている。    青年は呆れ、 青年「何だ、赤か……」    と言って立ち止まる。    そこに、クスクスと笑い声が聞こえてくる。    青年は笑い声が気になり、声がした真後ろを向く。    誰もいないバス亭の椅子に、少女が腰掛けている。    少女はクスクス笑いながら、 少女「ぼおっとして、轢かれそうになっているなんて。随分間が抜けているのね」    と、青年をからかう。    青年は、 青年「間が抜けている?」    と鸚鵡返しにいい、少女に近づく。    少女は冬が近い今の季節とは思えない、肌が露出したいかにも健康そうな服装をしている。    青年は少女を観察しながら、 青年「間が抜けているのはお前だ。寒い季節にその格好。しかも暗い通りに一人」    と言い、 青年「誘拐されても知らないからな」    と、呆れ加減に言う。    少女は即座に、 少女「いけない?」    と、尋ねる。    青年は話を無理矢理切る為に、 青年「風邪引くぞ。不審者に捕まる前に早く帰れよ」    と、ぶっきらぼうに言って踵を返す。    少女は青年を観察するように見て、 少女「へえ、人と関わる勇気がないんだ。だから避けるんでしょ?」    と、はっきり言う。    青年は頭の中に、少女の言葉が直接響いてくる感覚を覚える。    青年ははっとして少女を見る。    少女は青年を見て、にこりとする。    青年は呆れ、 青年「避ける気はない。興味がないだけだ」    と、棒読み加減に言う。    少女は青年を見て、 少女「冷たいんだ。でも知っているよ。本当は小鳥を助けてくれた優しい人だって」    と、とても少女とは思えない優しい、艶かしい口調で言う。    青年は少女の言葉に反応し、 青年「な……!」    と、はっとし、 青年「あの時誰もいなかったはずだ……お前、何処にいた?」    と、強く尋ねる。    しかし、少女は口をつぐみ答えようとしない。    青年はじっと、少女の前で固まったかのように動かない。    少女もまた石造の様に固まり、返事をしない。    青年は苛立ち、 青年「答えろよ」    と、低い声で少女に迫る。    少女はゆっくりと口を開け、 少女「分かるものは分かる。それ以上理由はないわよ」    と、あっさり言う。    青年は眉間に皺を寄せ、少女に近づいて食って掛かろうとする。    その直前、少女が、 少女「どうして小鳥を助けたの?」    と、青年の目を見て尋ねる。    青年はぴたりと、時が止まったかのように立ち止まる。    青年は思わず引き下がり、俯く。    少女は、 少女「理由もなく、小鳥を助けたの?」    と尋ねる。    青年は徐々に気分が悪くなっていき、何も返さずに踵を返す。    少女は残念そうな表情をして、 少女「ちょっと、聞いてる?」    と尋ねる。    しかし、青年は無視して交差点を渡ろうとする。    少女はため息をつき、 少女「……信号機、気をつけてね」    と、注意する。    青年は舌打ちをして、 青年「分かっているよ」    と、適当な口調で言う。    少女はすました表情をして、 少女「それならいいけど…あとね……」    と言い、 少女「昔の事から、逃げないでね」    と、囁くように言う。    青年は少女の言葉にどきりとして振り返り、少女がいた所を見る。    少女の姿はない。    青年は眉を顰めると、前を見て横断歩道を渡ろうとする。    と、そこに車が来てブザーを鳴らされる。    青年は驚き、思わず引き下がる。 7 翌日、夕方の公園内、雑木林周辺。    日が暮れかけている。    人気は全くない。    青年はとぼとぼと歩き、雑木林の前に来る。    雑木林は暗く、昨日と同じで何も変わった所はない。    そこに、鴉の群れが鳴きながら飛んでいく。    青年はその様子を見て、 青年(昨日と変わりない……でも)    と思い、足を踏み入れて昨日、小鳥が倒れていた場所に目をやる。    小鳥がいない以外、何も変わった所は見られない。 青年(何だろう……この違和感)    と思い、空を見上げる。    そこに…… 少女の声「また来たんだ。懲りないねぇ」    と、天真爛漫な声が後ろから響く。    青年は後ろを向く。    少女が昨日と同じ服装で、背中で腕を組み、青年を観察するように立っている。    青年は少女を見て、 青年「またとは何の意味だ?散歩がてらに来ただけだ」    と、抵抗する様に言う。    少女は青年の返事にくすりとし、 少女「嘘ばっかり。理由が欲しいんでしょ」    と、青年が思っている事をはっきり言う。    青年は眉間に皺を寄せて少女を睨む。    少女は周囲を見回す。    空に浮かぶ雲が、夕暮れの色に染まっている。    少女は笑みを浮かべて、 少女「何で小鳥を助けたのか。そう思っているから、ここに来たんでしょ?」    と、はっきり言うと同時に尋ねる。    青年は、何だか自分の心の中が読まれて気がして苛立つ。    しかし、少女の無垢な表情を見ると、何故だか分からないが徐々に苛立ちが消えていく。    青年は落ち着いて一息つき、 青年「お前なら分かるのか?」    と、淡々と言う。    少女は首を降り、 少女「理由なんてないでしょ?大体そんな物を今求めるなんて無意味よ」    と言って、青年に迫る。    青年はどう反応していいか分からず、困惑する。    少女は青年の反応に憂いた表情をして、 少女「理由なんて、ないのにね……」    と言って去っていく。    青年はむっとし、 青年「人の心を知っているみたいに!」    と声を上げ、勢い良く少女がいた方向を見る。    少女はそこにはいない。    青年は目を見開いて驚き、周囲を見回す。    人気は全くなく、外灯の光がこれから覆う闇の公園を照らしている。    青年は体を震わせ、 青年「嘘だろ……」    と、思わず声を上げる。    その時、ばさばさと、雑木林から木々が揺れる音が響く。    青年は驚き、音がした方を向く。    雑木林から鳥の群れが飛んでいく。    青年はほっと一息つき、 青年「脅かすな……」    と言い、再び周囲を見回す。    少女の姿は何処にもない。    青年は眉を顰め、 青年「勝手にいなくなったんだ……俺は何も悪くない……」    と言い聞かせ、駆け足で雑木林から去っていく。 8 数日後、昼過ぎの公園内雑木林。    雨が降っている。    夕方程の暗さはないが、雲により光が遮られて薄暗く、雨により全体の像がぼやけている。    その為か昼過ぎにも関わらず、外灯の電球が光っている。    人気はない。    青年は傘を差して雑木林の前に立ち、じっと先に見える雑木林を眺めている。    と、青年は何を思ったのか、傘を畳み雑木林の中に足を踏み入れる。    一歩を踏むたび、木の葉で覆われた柔らかい地面から水がじわりと染み出し、靴に入り込む。    しかし、青年はお構いなしに雑木林の中に入っていく。 9 雑木林の中。    木々と草、更には木片や不法投棄された瓦礫が侵入者を阻止している。    雨は木々によって遮られている為、さほど感じない。    青年は瓦礫を踏み、その足に重心をかける。    と、瓦礫が濡れていた為に足が滑り、青年は思いっきり転ぶ。    幸いも柔らかい地面に転んだ為怪我はなく、青年は痛がりながら上を見る。    少女が木の枝に、ちょこんと座り込んでいるのが見える。    青年は驚き、 青年「おい、そこで何をしているんだよ!雨降っているのが分からないのか!」    と、少女に声をかける。    しかし、少女は動かずに青年を見下して、 少女「じゃあ、君は何をしているの?」    と、平然と尋ねる。    青年は起き上がり、 青年「鳥だ、何故やられたのか知りたい。それだけだ!」    と、声を上げて説明する。    しかし、少女は納得せず、 少女「本当にそれだけ?」    と尋ねる。    青年はむっとして眉間に皺を寄せ、 青年「それだけだ!それ以外にこんな所に入る理由なんてねえ!」    と、声を上げ、少女から目を逸らして奥へと歩いていく。    しかし、暫く歩いた所で気になって振り返り、少女が座っていた枝を見る。    少女の姿はない。    青年ははっとし、少女が座っていた枝の真下を見る。    生い茂る木々と草、遠くに不法投棄された瓦礫があるだけで、他に何もない。    青年は焦り、 青年(まさか……!)    と思い、引き返そうとする。    と、そこに…… 少女の声「へえ、他人の心配するんだ」    と言う声が正面から聞こえる。    青年ははっとして正面を向く。    眼前に少女の姿がある。    少女の背丈は見た目よりも大きく、青年より頭一つ小さい程度である。    少女は青年の顔を覗き込む様に眺め、 少女「嘘つき。私の心配してたんでしょ」    と、からかう。    青年はいらつき、 青年「からかうんじゃねえ、邪魔だからどいていろ」    と言い、少女をどかそうと手を出す。    しかし、少女は青年の行動よりも早く、青年に飛びつくように腕を取る。    青年は少女の行動に混乱して固まる。    少女は青年に、 少女「理由なんてないって、最初から分かっているでしょ。どうして認めないの?」    と尋ね、 少女「壊れるから怖いの?大丈夫だよ。大丈夫だから……」    と優しく言い、そっと青年の手を握る。    青年は少女の、暖かい手の感覚が伝わってくるのと同時に、頭の中で何かが割れるような感覚がする。    青年はその感覚に混乱し、思わず少女を突き放す。    少女は突き放され、よろけると何事かと思い、青年を見る。    青年も自分が何をしたのかわからず、先程少女が握っていた自分の手をじっと見る。    そして、困惑した表情で少女を見て、 青年「ふざけるな……ふざけんな!」    と、大声を上げる。    少女はぽかんとした状態で青年を見る。    青年は、悔しさと悲しさが混じった表情を少女に見せ、 青年「……いちいち俺に干渉してくんな!」    と罵声を浴びせて踵を返し、勢いよく駆けて行く。    少女は立ち上がり、自分の元から去っていく青年を無表情で見つめている。    そして、 少女「塞ぎこまないで……」    と、断片的に小さく呟く。 10 同日、公園内広場。    いつもならば人気に満ちているこの場所も、雨の為に人気がなく、所々に水溜りが出来ている。    傘を差したびしょ濡れの青年は、何処か苛立った表情で舗装された道を歩いている。    青年はイラつきながら、 青年「びしょ濡れで何も実入りなしかよ、今日は最悪な日……」    と言いかけた時、脳裏に何かを思い出して立ち止まる。    そして、 青年「あれ、確か前にも同じ事言ったよな?確か……」    と、疑問に感じる。    そこに、胸元のジャケットに入れていた携帯電話が鳴り響く。    青年は胸元に手を突っ込み、携帯電話を取り出して開く。    液晶には『○○動物病院』と表示され、その下に電話番号が書かれている。    青年は携帯電話のスイッチを押し、 青年「もしもし……」    と、電話に出る。 獣医『貴方が預かった小鳥ですが、処置が終わりました。来院して貰えますか?』    はきはきとした口調で受話器から声が出る。    青年は話を聞き、 青年「分かりました。今公園にいますので、直ぐに行きます」    と、はっきり返事をして携帯電話のスイッチを切る。    青年は、 青年「たく……こんな時に」    と言い、くしゃみをして公園を駆けて行く。 11 動物病院内、診察室。    青年は丸椅子に座っている状態で、バスタオルで頭を拭いている。    そこに、獣医が鳥かごを持って奥のドアから出てくる。    鳥かごの中には、至る所包帯が巻かれた小鳥が止まり木に止まっている。    助手が青年の元に来た時、青年はバスタオルを助手に差し出し、 青年「これ、ありがとうございます」    と、丁寧に言う。    助手は礼をして、 助手「いえ、お気になさらず」    と言ってバスタオルを受け取り、診察室を出て行く。    獣医は鳥かごを青年の前にある診察台に置いて、 獣医「肋骨の骨折で圧迫していた部分をはじめ、諸々の部分を手術しました」    と、青年に向かって話す。    青年は立ち上がり、鳥かごの中の小鳥を観察するように見る。    小鳥は呼吸で震えているものの、大人しくしている。    獣医は眉を顰め、 獣医「命の危険は回避しまして、普通に暮らす分には問題ありません。しかし……」    と、口ごもる。    青年は獣医の態度に疑問を感じ、 青年「あの……何かあったのですか?」    と、不安げに尋ねる。    獣医は、 獣医「翼がかなり酷くやられていまして……回復しても、もう飛ぶ事は叶いません」    と、重く話す。    青年と小鳥の目が合う。    小鳥の瞳に映った今の自分と、小鳥を拾う時に見た小鳥の瞳に映った自分とが重なる。    小鳥を拾う時の自分は無表情であったが、今の自分は頬がゆるく、僅かに感情を見せている。    と、同時に小鳥は翼を動かそうと、胸を振るわせる。    しかし、翼は包帯や拘束具で固定されている為に動かす事が出来ない。    小鳥は次に必死に嘴を動かしだす。    小鳥からすれば本能的な行動であるが、青年には何かを訴えているように感じる。    青年は小鳥の行動に悲しみを覚え、 青年「……悲しいですね」    と、同情するかの様な口調で言う。    獣医はきっとした表情で、 獣医「それで、引き取り手は君に……」    と話した所で、何かに気づき、 獣医「ああ。君は引き取る気はないんだったね。じゃあ、協会に……」 青年「自分が引き取ります」    獣医の言葉を遮り、青年は強く訴える。    獣医は青年の眼差しを見て、 獣医「……なら、許可が必要ですね」    と言って、棚に向かって行く。    獣医は棚を開けて書類を取り出し、青年の元に近づく。    そして、青年に書類とペンを差し出し、 獣医「野鳥の保護に関する規則です。読んだ上で契約書にサインして下さい」    と言う。    青年は獣医の言っている意味が分からず、困惑の表情を見せて、 青年「すぐ引き取るんじゃないんですか?」    と尋ね、書類を受け取って目を通す。    獣医は書類を見ている青年を見て、 獣医「野鳥保護の観点から、飼うには許可が必要になるんですよ」    と、事務的に言う。    青年は獣医の話に耳を傾ける。    獣医は、 獣医「当初は引き取りを拒んだのに、何故今になって望んだのですか?」    と、尋ねる。    青年は書類から獣医に視線を移し、気難しい表情をして、 青年「助けてやりたいって思ったんですよ……その……上手く言えませんが」    と、曖昧に言う。    獣医は青年の言葉に安心感を覚え、 獣医「そうですか」    と、返す。    青年はちらりと、書類から小鳥へと視線をそらす。    小鳥はじっとしている。    青年は小鳥を見て、ふっと笑みを浮かべる。 12 数時間後の夕方、公園の周辺。    雨脚は軽くなっているものの、それでも降っている事に変わりはない。    青年はてくてくと、カバーのついた鳥かごを持って公園の縁にある歩道を歩いている。    と、そこに強い風が吹く。    青年は腕で目を庇う。    風が止んで青年が先を見た時、青年は驚いた表情をする。    そこには、公園の入口で少女が青年と対面する形で立っている。    鳥かごの中にいる小鳥がばたつく。    青年は鳥の動きに驚き、 青年「止めろ。お前怪我してんだぞ!」    と言って諭すも、小鳥には全く通じない。    青年は小鳥を宥めるのを諦め、少女に目をやり、 青年「お前……俺に用でもあるのか?」    と、尋ねる。    少女は黙り込んだまま、片手を翳す。    と、ばさばさと少女の後ろにある、公園の中にある並木が揺れる。    青年は何事かと驚き、並木を見る。    並木から無数の小鳥が群れを成して飛んでいく。    青年は小鳥の織り成す壮言な光景に驚く。    と、その時過去に見た光景と重なる。 13 過去、公園前の交差点。    交通事故で慌しく動いている。    パトカーのサイレンが鳴り響き、並木に止まっていた鳥達が、サイレンの音に驚いて一斉に飛び立っていく。    少年は、その光景に驚き鳥をじっと見つめる。 14 元の光景。    青年ははっとし、少女に目をやる。    少女はふっと笑みを浮かべ、青年を見つめ、 少女「やっと、思い出したんだね……」    と、ゆっくりと優しい声を出し、にこりとして、 少女「もう、閉じなくていいよ……私は大丈夫だから……」    と言い、少女の瞳が潤む。    その時、青年に頭痛が走る。    青年は咄嗟に頭を抑え、少女を見る。    少女の容姿が、過去に見た担架で運ばれていった人の姿と重なる。    青年は、 青年「あの時の……お前は……!」    と声を上げ、少女の元に向かおうと一歩を踏む。    その時またも頭痛がして蹲り、再び頭を押える。    そして、顔を上げた時にはっとする。    少女の姿はなく、夕方の日が差している公園がある。    青年は公園の周囲を見る。    青年は、脳裏に映る過去に見た交通事故の現場と今の場所とを比べる。    そして、自分が立っている場所が過去、交通事故があった交差点の前だと気づく。    青年は俯き、 青年「そうか……思い出したよ。そう言う事だったのか……」    と、呟いて目をゆっくりと閉じ、鳥かごの中の鳥を見る。    小鳥は大人しくしている。    青年は鳥の様子に安らぎを覚え、いつの間にか頬を伝っている涙を拭う。    そして、交差点を見る。    何事もなく、信号にあわせて車が行き交っている。    しかし天候故か、若干車が多く人通りはない。    青年は、 青年「理由なんて、今にはなかったんだ。それは……」    と言い、歩行者信号が青になっているのを確認してから歩道を歩き出す。    『理由 完』 原稿用紙換算 40枚(表題除く)